27歳、出版社でアルバイトの彩香さんより
【占い】「東京に行ってはいけない。アナタ、東京に行ったらひどい目に遭うよ」占い師はこう鑑定したのです。でもそんなこと起きるはずはない、外資系企業の内定を勝ち取った私は無視して上京を決意したのです。しかし、東京に引っ越して一年、その後私は地獄を見たのでした。


1.目指すはバリバリのキャリアウーマン!

忘れることが出来ない思い出があります。きっかけは私がまだ大学生のときのことでした。とにかく「当たる」と評判の占い師さんがいるらしく友達に誘われたのです。占いなどたいして興味もなかった私ですが、面白そうだし付き合っても損はないかなと、そして二人で出かけてみたのでした。





この頃の私は留学から帰ったばかり、数件のアルバイトも掛け持ちしていました。勉強に、遊びに、それは毎日が充実したものです。そんな中とくに好きだったのが仕事でした、目指すはバリバリのキャリアウーマン!これといった悩みもなく、未来は光り輝くものだったのです、あの頃が一番幸せだったのかもしれません。

2.未亡人朱美ちゃんによく似た赤い服

あるショッピングモールの一角にその占いコーナーはありました。休日ともなれば行列が出来るほどと聞いていたのでしたが、その日は平日でもあり待ち時間もなく案内されました。占い師は中年のおばさん、なかなかの貫禄です。一発屋芸人「日本エレキテル連合」の未亡人朱美ちゃんによく似た赤い服を着ていました。


そして占い開始となったのです。よく当たると評判の先生を前にさすがに緊張感が走ります。そして、この先私にはどんな人生が待っているのか。私の未来をもっと明るくするには何をしたらいいのか、この二点を聞いてみたのです。先生の占術は四柱推命でした。これは年・月・日・時間、この四つの柱をもとに宿命を導く代表的な占術であるそうです。そして鑑定の結果なのですが・・・、

3.起こりもしないことにおびえてどうするの

「東京に行ってはいけない。アナタ、東京に行ったらひどい目に遭うよ」
キャリアウーマンを目指す私にとって、それはなかなか受け入れがたい言葉でした。じゃ海外だったらいいですか?と聞くとこうです。
「関西にいときなさい」
なにそれ、私は理由も聞かずただ「え~」と言って笑って済ませてしまいました。


だいたいまだやってもいないのに、たいした根拠もなく諦めてしまうなど私の選択肢にはないのです。起こりもしないことにおびえてどうするの、そう思いませんか。ただ、何かこの時妙なもの、引っかかるものを感じたのは確かでした・・・。

4.でも、それは起こりました

そして就活に入ったのですが、私は晴れて外資系企業の内定を勝ち取りました!勤務地は地元の関西配属かと思っていたのですが「東京に来ない?」という電話が。「東京か」この時ふとあの占い師の言葉が胸をよぎったのですが、やっぱりそんなこと「起きるはずはない」と鑑定を無視、上京を決意ししたのです。


でも、それは起こりました。


東京に引っ越して一年、その間はずっと働きづめ。一番つらかったのが頼りになる上司や先輩がいなかったこと。愚痴もこぼせません、ミスも連発しプライドもズタズタに。希望にあふれた職場のはずだったのに、キャリアウーマンどころではありません。めまいや耳鳴りを生まれて初めて経験しました。追いつめられた私はとうとう精神的にも肉体的にも限界に達しついに病院へ、うつ病と診断されたのです。





休職して実家に帰った時には一言も口をきけない状態でした。それからです、しんどい本当にしんどい闘病生活が始まったのは。とにかくなにもできません、ヤル気もない。特に朝は辛かった、じっとしていることがやっとだった毎日。私は地獄を見ました。おっと、占い体験ではなくうつ病体験談になってしまいましたね。そんな私も今はだいぶ回復し社会復帰も叶いました。

5.「関西にいときなさい」

「東京に行ってはいけない。アナタ、東京に行ったらひどい目に遭うよ」
こういうことだったのでしょうか。しかしあの占い師のことを思い出すたびに、お召しになっていた赤い服、そして「ダメよ~!ダメダメ!!」がセットとなって甦るのです。これにもずいぶん悩まされました(笑)。


未来のことなどタイムマシンでも使わない限りわかるわけがない、私は今でもそう思っています。占いはいいことだけを、都合よく解釈すればいいのではないでしょうか。だから、
「関西にいときなさい」
あの時占い師に言われた通りにしようかなと。私はもう地元関西を離れる気はありません。



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